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女流俳人市原多代女

皆さんこんにちは。今日(27日)は涼しい日でした。雲も多く、陰っていたので過ごしやすかったです。
最低は18.5℃まで下がりました。朝方3時頃、涼しくなって窓や戸を閉め夏蒲団をトップリかけて寝ました。
日中も29.5℃で30℃まで上がりませんでした。

朝は町の花いっぱいコンクール参加の花畑の草取りをしました。5時半起きでした。

午前中に、すぐ近くのО集落のNさん宅に行って来ました。こちらに幕末の須賀川の女流俳人、市川多代女の直筆の書があるというので、見せてもらいに行きました。

午後はその資料をもとに原稿を一気に書き上げ、夕方印刷所に届けました。

О集落には10戸弱のお宅がありますが、皆同じ姓です。Nさん宅が本家だそうです。
このお宅50坪はあるでしょうか。風格のある古民家です。

Nさん宅

柿の木越しに。
畑から

多代女八十八歳のお祝いにNさんのご先祖さんが糯米の餅をついてご馳走したのでこの書を認めたようです。
多代女の書
     米の餅これて搗とて杵二本  晴霞

多代女八十九歳のときに、この集落の北のはずれに大きな句碑を立てました。高さ182センチ、幅143センチです。

句碑

     なつかしやいつの昔の松一本  多代

Nさん宅の後ろやこの句碑のある場所は芭蕉の通った道なので、多代女のこだわりは強かったのだと思います。

市原多代女の長兄、市原貞右衛門綱稠は多代女の生まれた一年後に鎮守山泰平寺大元明王(現田村神社)に石灯篭を寄進してます。右の1基です。3mはあります。

石灯篭
安永の頃は市原家が最も栄えた時期でした。

多代女は晴霞という俳号も使用してます。
小林一茶の句集『おらが春』にも載ってます。
     老いたちの出る夜となれば朧月

多代女は数え歳90歳でこの世を去りました。慶応四年のことでした。
生涯に四千余句を作ってます。

今日も訪問ありがとうございました。
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