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田村神社の桜

皆さんこんにちは。今日(12日)は天気はよかったのですが、やや風の強い日でした。
最低は5℃、最高は15℃でした。

田村神社の桜の様子です。
参道の両側のソメイヨシノは満開でした。

参道
向こうに大鳥居が見えます。

大鳥居です。

大鳥居

この鳥居の左側に清水寺森貫主のお手植えの桜があります。
お手植えの桜
8年前に清水寺森貫主が田村神社に参拝し田村麻呂公座像と対面されました。
その時、記念にこの枝垂れ桜をお手植えされました。

青空をバックに。八分咲きでした。

八分咲き

枝先です。雅な感じがします。
枝先

田村神社境内の桜はソメイヨシノが満開です。
数十本あります。

大鳥居のある下庭には駐車場もあります。
明日は荒れ模様となるようですが、明後日あたりまで見ごろは続くと思います。
どうぞご覧ください。

今日も訪問ありがとうございました。
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田村神社の碑

皆さんこんにちは。今日(21日)は天気はよかったものの、風の強い1日でした。気温に比べて体感温度は低かったです。
最低は0℃、最高は8℃でした。

午前中は行政区関係の文書作成をしました。

午後は集会所で会計関係の書類作成をしました。

その後、散歩に。
北西の風が強かったので、いつものコースではなく、里山を歩くコースにしました。
樹木が生い茂っていたり、薮になっている所は全く風を受けません。
樹木や薮が途切れた途端に、大変冷たい風が横殴りに吹いてきます。
今日のコースの90%は風のない場所でした。
里山は小さい時の遊び場だったので今でもよく分かっているのでしょうね。
6000歩ほど歩きました。

田村神社には多くの碑がありますが、古いところでは「守山大元帥社碑」でしょうか。

守山大元帥社碑
表参道石段の右にあります。老中松平定信公が編纂した「集古十種」にも掲載されてます。
ただ摩滅が激しく、ほとんど読めません。

次に表参道太鼓橋の右にある「鎮守山碑」です。

鎮守山碑
文化八年に別当帥継院の住職、行諦が建てたものです。
坂上田村麻呂公1000年祭に当たって建立されました。田村麻呂公の征夷と鎮守山の関係について記されています。

祐天和尚の「六字名号」です。

六字名号
「守山大元帥社碑」の後方にあります。祐天和尚は浄土宗の僧侶でいわき出身の人です。人々の間に念仏を広めました。
落剝が激しいです。

もっとも新しいのが「安積艮斎の碑」です。数年前に太鼓橋左側に建てられました。

安積艮斎の碑
安積艮斎が当社の参詣をしたことについて記しています。
安積艮斎は郡山出身の大学者で幕府の昌平黌の教授までした人です。明治維新に活躍した前島密、岩崎弥太郎等、多くの人材を育てました。
あの吉田松陰も聴講生だったようです。

こうしてみると田舎にあっては、なかなか素晴らしい碑ばかりです。

今日も訪問ありがとうございました。

田村神社割り拝殿

皆さんこんにちは。今日(20日)は大寒でしたが、雲の多い底冷えのする日でした。
最低は1℃と氷点下には下りませんでした。最高は6℃でした。

午前中は街までマッサージに行って来ました。

午後は田村町郷土史研究会の例会でした。
樫村家「年中日記留」は天保三年十一月晦日を勉強しました。
水戸家中の侍が松前まで行って江戸へ帰る途中、路銀に事欠いたので水戸家の分家である守山藩の陣屋を訪ね、路銀の拝借の申し出をしたこと、などが書いてありました。その証文の写しが載ってました。
江戸から松前まで往復するには相当の金子が入りようだったのでしょうね。また途中で遊んだりもしたことでしょう。
守山は水戸家の分家なので頼ってきたのでしょう。
質物3品を置いて、こちらは遠いので金が返せなかったら質物を流してくださいというような証文でした。

守山藩「卯御用留帳」は天明三年正月廿三日から廿六日まで勉強しました。
藩が渡し置いた馬が死んだので陣屋の役人が検分に出かけたこと、ある村に不埒なものがいるという風聞が聞こえたので、陣屋の役人がその村に出向いたこと、ある村の倅が打擲されたので陣屋の役人が医師を連れて検分に出かけたことなどが書いてありました。
陣屋の役人は事細かに対応していたようです。

田村神社の続きです。
仁王門を潜るとすぐに拝殿があります。
向こうの石段を5段登ると拝殿です。朱塗りです。

吽形

正面からは撮れないので側面から撮りました。
拝殿
扁額は「神楽殿」とあります。その昔はこちらで神主が神楽を奉納したということです。
通路の上には太鼓がつるしてあり、参詣客は誰でも打つことができます。

この拝殿、本殿側から見ると割り拝殿であることが分かります。

割り拝殿
この建物は江戸時代のものが床が抜けていたりと危険だったので、昭和30年代になって再建されたものです。
神仏習合の時代だったのでお寺でしたが拝殿があったりします。
普通の神社は拝殿と本殿が一直線に並び床によってつながっていますが、割り拝殿は拝殿の中央が通路となって左右に割れてます。
京都の鞍馬山でも割り拝殿を見たことがあります。

今日は大寒。小寒の氷、大寒に融ける、などという言葉もありますが、自分としては今までの経験から大寒から節分までが寒さの底と思ってます。
立春を過ぎると朝が早くなってくるのが目に見えてきて、何となく春めいてきます。
ただ2月中旬までは気温は低く、真冬日なども出たりします。
あと2週間、寒を楽しんで頑張りましょう。

今日も訪問ありがとうございました。

田村神社仁王門

皆さんこんにちは。今日(19日)は晴れてましたが、薄い雲もかかってました。穏やかな日でした。
最低は氷点下2℃、最高は6℃でした。

午前中はスーパーまで買い物に。

午後は6000歩ほど散歩してきました。
買い物や写真撮りを合わせると7700歩でした。

夜は行政区の会議がありました。

田村神社の写真の続きです。
自然の石段を54段登ると仁王門があります。

仁王門
石段と仁王門の間が狭いので、門の全体を撮ることができません。よって石段の下から撮りました。

仁王門の扁額「鎮守山」は佐文山の書です。江戸時代の書家です。

扁額

右におわすのが阿形尊です。
阿形

左は吽形尊
吽形
こちらの仁王尊、明治の神仏分離で長い間よその寺院に。昭和になって田村神社の宝蔵庫にもどってこられました。
神社の下の宝蔵庫に安置されていましたが、平成になってやっと元の仁王門に還御されました。

仁王門を本殿側から見ると右大臣左大臣の随神がいらっしゃる随神門です。

随神門

神社に仁王門、あまり聞かないことですが、何せ江戸時代まで「鎮守山泰平寺大元帥明王」という寺院でした。
この門は神仏分離後は空室でした。
平成になって、元々の場所にお帰りになったのでこのようになりました。
仏具類や奉納物の多くは鎮守山泰平寺大元帥明王から離れて、今は所在不明のものが多いです。
中には国宝級のものもありましたが、残念ですね。

明治の神仏分離って大きな傷跡を残した様です。

今日も訪問ありがとうございました。

田村神社末社

皆さんこんにちは。今日(16日)は曇り時々晴れで、時折風の吹く寒い日でした。
最低は1.5℃、最高は5.5℃でした。

寒くて風があったので、室内で過ごしました。
夕方、風がやんだので散歩に出かけ5000歩ほど歩いてきました。
やはり体を動かさないと鈍ってしまいますね。

今日は田村神社本殿西側に鎮座する石宮三社です。
もっとも手前に鎮座するのは菅原神社です。

菅原神社
元々は雷除けの神様だったのですが、今は学業祈願の神様として信仰を集めています。

真ん中に鎮座するのは馬力神社です。

馬力神社
元々、馬の神様だったそうです。馬頭観世音の神社バージョンだそうです。
現在は馬力の欲しい人の信仰を集めています。

もっとも奥に鎮座するのが松尾神社です。

松尾神社
元々酒造りの神様でした。
現在は酒と上手に付き合いたい方々の信仰を集めています。

馬力御守と愛姫(めごひめ)御守。

お守り
馬力御守は馬力をいただきたい方が受けているようです。

愛姫御守は三春のお姫様、愛姫がこちらにお参りし、間もなく伊達政宗に嫁ぎ、当時としては長寿の86歳の天寿を全うしているので、良縁長寿祈願の御守です。

愛姫がお参りした時に咲いていた桜が20数年前に枯れてしまいました。
数年前に三春の方々と玄侑宗久氏が2代目の桜を植樹しました。
愛姫の故事に倣って「愛姫桜」と命名されました。
元気に育っています。

今日も訪問ありがとうございました。
プロフィール

イングリシュガーデン

Author:イングリシュガーデン
守山周辺の出来事を少しずつご紹介いたします。

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