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寒中の庭の花

皆さんこんにちは。今日(23日)は午前中はうす曇りで、朝のうちは日も射しました。午後は本曇りになり雨も降ってきました。
それにしても寒くありませんね。
最低は0℃、最高は9℃でした。

午前中は郵便局まで用足しに。
ついでに2,3軒に文書をお願いしました。

午後は児童の俳句の添削をしました。
その後、街まで野暮用足しに行って来ました。

今日は午前中に庭に咲いている花の写真を撮りました。
ワビスケが1輪咲いていました。

ワビスケ

ロウバイも五分咲きです。
ロウバイ

ナント寒中にも関わらず伊豆の踊子が咲いてます。バラで咲いているのは伊豆の踊子のみです。
伊豆の踊子

付録。昨日は田村神社の裏から安達太良がよく見えました。
安達太良

寒中だというのに、雪ではなく雨が降りました。
みぞれにもなりません。
昨年の寒中には若干、雪が積もったのですが。
昨年も暖かい寒中だったようです。

海水温が50メートルの深さまで温まっているとか。
どおりで、昨年から今年にかけて雨が多いわけですね。
天気図見ても大陸の高気圧が居座らないので冬型が長続きしないようです。
それに反して南岸低気圧が次から次と通っているので、暖かく雨や曇りが多いですね。

畑の作物は適当な降雨と暖かさで育ちすぎているようです。
なので野菜が安いとかあるようです。
大根が育ちすぎて規格外になってしまって処分するしかないと、関東の大根農家さんが言ってましたね。

今年はこのままで寒が明けるのでしょうかね。

今日も訪問ありがとうございました。
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寒中の花畑

皆さんこんにちは。今日(22日)は曇り時々晴れでした。東風が冷たかったです。
最低は氷点下3℃、最高は7℃でした。

午前中は所用で2軒に行って来ました。
1軒は車で、1軒は徒歩で。

午後は軽トラックの点検に行って来ました。
修理しなければならない所もなく、30分少々で終了しました。

今日は陽射しもあったので花畑に写真を撮りに行って来ました。
ラークスパーは元気で緑の葉が少しずつ大きくなっているようです。

ラークスパー

昨年9月新潟から買ってきたペンステモンアラベスク、枯れずに元気に寒越しをしているようです。
ペンステモンアラベスク

昨夏に実生で芽生えたカンパニュラです。元気に頑張っているようです。
カンパニュラ

こちらも実生のジキタリスです。葉はやや枯れた部分もありますが、元気に冬越をしているようです。
ジキタリス

あと、13日で寒明け。
植物たちも今は休眠期。
2月中旬から少しずつ目覚めてくるのでしょうか。
これからが枝切や剪定の適期ですね。
バラや果樹の剪定に取り掛かりたいと思います。

今日も訪問ありがとうございました。

田村神社の碑

皆さんこんにちは。今日(21日)は天気はよかったものの、風の強い1日でした。気温に比べて体感温度は低かったです。
最低は0℃、最高は8℃でした。

午前中は行政区関係の文書作成をしました。

午後は集会所で会計関係の書類作成をしました。

その後、散歩に。
北西の風が強かったので、いつものコースではなく、里山を歩くコースにしました。
樹木が生い茂っていたり、薮になっている所は全く風を受けません。
樹木や薮が途切れた途端に、大変冷たい風が横殴りに吹いてきます。
今日のコースの90%は風のない場所でした。
里山は小さい時の遊び場だったので今でもよく分かっているのでしょうね。
6000歩ほど歩きました。

田村神社には多くの碑がありますが、古いところでは「守山大元帥社碑」でしょうか。

守山大元帥社碑
表参道石段の右にあります。老中松平定信公が編纂した「集古十種」にも掲載されてます。
ただ摩滅が激しく、ほとんど読めません。

次に表参道太鼓橋の右にある「鎮守山碑」です。

鎮守山碑
文化八年に別当帥継院の住職、行諦が建てたものです。
坂上田村麻呂公1000年祭に当たって建立されました。田村麻呂公の征夷と鎮守山の関係について記されています。

祐天和尚の「六字名号」です。

六字名号
「守山大元帥社碑」の後方にあります。祐天和尚は浄土宗の僧侶でいわき出身の人です。人々の間に念仏を広めました。
落剝が激しいです。

もっとも新しいのが「安積艮斎の碑」です。数年前に太鼓橋左側に建てられました。

安積艮斎の碑
安積艮斎が当社の参詣をしたことについて記しています。
安積艮斎は郡山出身の大学者で幕府の昌平黌の教授までした人です。明治維新に活躍した前島密、岩崎弥太郎等、多くの人材を育てました。
あの吉田松陰も聴講生だったようです。

こうしてみると田舎にあっては、なかなか素晴らしい碑ばかりです。

今日も訪問ありがとうございました。

田村神社割り拝殿

皆さんこんにちは。今日(20日)は大寒でしたが、雲の多い底冷えのする日でした。
最低は1℃と氷点下には下りませんでした。最高は6℃でした。

午前中は街までマッサージに行って来ました。

午後は田村町郷土史研究会の例会でした。
樫村家「年中日記留」は天保三年十一月晦日を勉強しました。
水戸家中の侍が松前まで行って江戸へ帰る途中、路銀に事欠いたので水戸家の分家である守山藩の陣屋を訪ね、路銀の拝借の申し出をしたこと、などが書いてありました。その証文の写しが載ってました。
江戸から松前まで往復するには相当の金子が入りようだったのでしょうね。また途中で遊んだりもしたことでしょう。
守山は水戸家の分家なので頼ってきたのでしょう。
質物3品を置いて、こちらは遠いので金が返せなかったら質物を流してくださいというような証文でした。

守山藩「卯御用留帳」は天明三年正月廿三日から廿六日まで勉強しました。
藩が渡し置いた馬が死んだので陣屋の役人が検分に出かけたこと、ある村に不埒なものがいるという風聞が聞こえたので、陣屋の役人がその村に出向いたこと、ある村の倅が打擲されたので陣屋の役人が医師を連れて検分に出かけたことなどが書いてありました。
陣屋の役人は事細かに対応していたようです。

田村神社の続きです。
仁王門を潜るとすぐに拝殿があります。
向こうの石段を5段登ると拝殿です。朱塗りです。

吽形

正面からは撮れないので側面から撮りました。
拝殿
扁額は「神楽殿」とあります。その昔はこちらで神主が神楽を奉納したということです。
通路の上には太鼓がつるしてあり、参詣客は誰でも打つことができます。

この拝殿、本殿側から見ると割り拝殿であることが分かります。

割り拝殿
この建物は江戸時代のものが床が抜けていたりと危険だったので、昭和30年代になって再建されたものです。
神仏習合の時代だったのでお寺でしたが拝殿があったりします。
普通の神社は拝殿と本殿が一直線に並び床によってつながっていますが、割り拝殿は拝殿の中央が通路となって左右に割れてます。
京都の鞍馬山でも割り拝殿を見たことがあります。

今日は大寒。小寒の氷、大寒に融ける、などという言葉もありますが、自分としては今までの経験から大寒から節分までが寒さの底と思ってます。
立春を過ぎると朝が早くなってくるのが目に見えてきて、何となく春めいてきます。
ただ2月中旬までは気温は低く、真冬日なども出たりします。
あと2週間、寒を楽しんで頑張りましょう。

今日も訪問ありがとうございました。

田村神社仁王門

皆さんこんにちは。今日(19日)は晴れてましたが、薄い雲もかかってました。穏やかな日でした。
最低は氷点下2℃、最高は6℃でした。

午前中はスーパーまで買い物に。

午後は6000歩ほど散歩してきました。
買い物や写真撮りを合わせると7700歩でした。

夜は行政区の会議がありました。

田村神社の写真の続きです。
自然の石段を54段登ると仁王門があります。

仁王門
石段と仁王門の間が狭いので、門の全体を撮ることができません。よって石段の下から撮りました。

仁王門の扁額「鎮守山」は佐文山の書です。江戸時代の書家です。

扁額

右におわすのが阿形尊です。
阿形

左は吽形尊
吽形
こちらの仁王尊、明治の神仏分離で長い間よその寺院に。昭和になって田村神社の宝蔵庫にもどってこられました。
神社の下の宝蔵庫に安置されていましたが、平成になってやっと元の仁王門に還御されました。

仁王門を本殿側から見ると右大臣左大臣の随神がいらっしゃる随神門です。

随神門

神社に仁王門、あまり聞かないことですが、何せ江戸時代まで「鎮守山泰平寺大元帥明王」という寺院でした。
この門は神仏分離後は空室でした。
平成になって、元々の場所にお帰りになったのでこのようになりました。
仏具類や奉納物の多くは鎮守山泰平寺大元帥明王から離れて、今は所在不明のものが多いです。
中には国宝級のものもありましたが、残念ですね。

明治の神仏分離って大きな傷跡を残した様です。

今日も訪問ありがとうございました。
プロフィール

イングリシュガーデン

Author:イングリシュガーデン
守山周辺の出来事を少しずつご紹介いたします。

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