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庭のバラなど

皆さんこんにちは。今日(19日)は1日中曇りでした。
最低は8℃、最高は14℃でした。

午前中は印刷屋さんとパン屋さんへ行って来ました。
その後、明日からの田村町文化祭の準備をしました。

夕方は理髪店に行ってさっぱりしてきました。

今日は庭のバラやその他です。
うつむき加減のアイスバーグです。

アイスバーグ

こちらもうつむき加減の伊豆の踊子。
伊豆の踊子

マチルダ
マチルダ

ゴールドバニー
ゴールドバニー
バラはきれいですねえ。

サンシュユの実も輝いてます。

サンシュユ

下を見るとツワブキが咲いてました。
ツワブキ
蕊の先が8の字のようになってました。

朝は10℃を切るようになり、日中も15℃前後になってきました。旺盛に育っていた草花や雑草もそろそろ終息でしょうか。
バラはまだ成長しているようです。

今日も訪問ありがとうございました。
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会津中街道を北へ

皆さんこんにちは。今日(18日)は久しぶりの晴れの良い天気でした。
最低は9℃、最高は17.5℃でした。
今日のような晴天が3,4日続くといいのですが、予報によると明日も雨が降るとか。

午前中は天気がよかったので、バラの手入れや草花の手入れをしました。

午後は友達と街まで用足しに行って来ました。
マスコミ各社や市役所、観光協会方面でした。

栃木の最後です。
阿久津河岸を出て、氏家から会津中街道を北上しました。
会津中街道は会津西街道(今市から北へ向かう街道)が使用できなくなって開かれた街道です。
マップ
栃木県教委から出版されている42ページの冊子をいただきました。
会津中街道の村々の地図と写真が載ってます。

昔の街道は所々残っていたり、一里塚が残っていたりしていますが、多くは田畑に開墾されていました。
こちらはバスで移動したため写真を撮ることができませんでした。

板室、三斗小屋そして峠越をして奥州に入りますが、現在は板室の先からは徒歩の道となります。三斗小屋の集落は今はありません。

バスは横林の一里塚を見ながら、やがて水の無い蛇尾(さび)川を横切り高林に出ました。
そこから会津中街道を離れ板室街道沿いにある青木周蔵邸に。

青木邸
那須疏水によって開かれた那須野が原に、明治の華族たちは大農場を開設しました。
青木周蔵、大山巌、山縣有朋、松方正義、乃木希典等々。それぞれが那須に別邸を持っていました。
青木周蔵の別邸もそのうちの一つです。
この辺の地名は今も青木です。別邸のすぐ近くに道の駅「明治の森・黒磯」があります。

バルコニーからの眺めです。

バルコニーから

実は春にプライベートでこちらを訪れていました。4月20日頃の青木邸です。
ズーム
ちょっと横道にそれましたが、奥州から下野に通じる古い街道を巡る研修旅行でした。
原方街道、会津中街道、そしてそれが集まる氏家、船運で栄えた阿久津河岸、戊辰戦争の大田原などよく分かりました。
また、奥州道中や関街道なども歩けたら、と思います。

今日も訪問ありがとうございました。

阿久津河岸 その2

皆さんこんにちは。今日(17日)は午前中は曇りでしたが、一時、ザーザー降りの雨が1時間ほどありました。午後はやや陽射しもありました。
最低は11℃、最高は16.5℃でした。
今日も雨で、また田んぼが湿ってしまいました。いつになったらカラッと晴れるものやら。
日本列島の太平洋沖には長々と前線がかかって、一向に動きません。これがあるうちは曇りや雨が続くのでしょうか。
地球温暖化で海水が温まり、蒸発し、空気中にはその水蒸気が満タンなのでしょう。

今日あたりは北海道に雪とか。北海道では、アメダスの最低気温が数地点で氷点下に。
いよいよ列島への冬将軍の到来ですね。

栃木県さくら市阿久津の続きです。
船運で賑った阿久津河岸。その繁栄ぶりは祭りの屋台に見られます。
上町、仲町、本町に屋台がありますが、上町、仲町は部品がバラバラで祭りの時に組み立てるとか。この屋台、高尾神社の祭礼に引き回されます。
本町の屋台は組み立てられていて、屋台蔵の中に収納されてます。

屋台
こちらの屋台は白木作りなので彩色はありません。ただ、彫刻が素晴らしいです。

見返りの菊とか。後部の上の方です。

屋台後部

屋台のいわれです。
屋台いわれ

この屋台蔵の近くに与作稲荷神社が鎮座してます。
与作稲荷
昔の絵図を見ると、鳥居の数がハンパでなかったようです。

勿論、狛犬ではなくお狐様です。

お狐様

与作稲荷神社のいわれです。
与作稲荷いわれ
とにかく、昔栄えた阿久津河岸だったようです。今はごく普通の町でした。
上阿久津文化財保存委員会の皆様に案内していただいたり、貴重な神社や屋台などを間近に見せていただいたりして、往時の繁栄ぶりがよく分かりました。

今日も訪問ありがとうございました。

阿久津河岸から

皆さんこんにちは。今日(16日)は朝から曇りでしたが、やや暖かさを感じました。
最低は11℃、最高は18℃でした。

午前中はバラ周辺に植えたサルビア・ブルーヒル、スノーヒルと道端に植えたクラリーセージを花畑に移植しました。
ブルーヒルやスノーヒルを手入れするのに、周辺にバラがあると棘が大変でした。
クラリーセージは大きくなるので道端では鬱陶しい感じになります。

午後はある会合の役員会に出席してきました。

栃木県さくら市の続きです。
さくら市ミュージアムからすぐ南に阿久津河岸(あくつかし)があります。南は鬼怒川です。
こちらに船をお守りする船魂神社が鎮座してました。
阿久津河岸と船魂神社の由緒です。

由緒書

船魂神社はそう大きな神社ではなく、境内地もそう広くはありませんでした。
船魂神社

常夜灯には道標が刻んでありました。
常夜灯に彫られた道標
此方河岸道(こなたかしみち)と読めます。

船魂神社本殿です。覆い屋に覆われています。文化財保存委員会の方々が神社を開けて待っていてくださいました。

船魂神社本殿
龍の彫り物がすごかったです。

本殿の後ろの彫り物は宝船でしょうか。

本殿後部の彫り物
往時の阿久津河岸の繁栄を物語っています。

当守山から、白河関、黒羽、湯津上を通っていた関街道は、ここ阿久津よりやや下流の板戸河岸から船運になったようです。

今日も訪問ありがとうございました。

さくら市ミュージアム

皆さんこんにちは。今日(15日)は一日曇りでした。昨夜から今朝方まで雨が少々あったようです。今日も肌寒かったです。
最低は12℃、最高は16℃でした。

それにしても中旬以降、天気がすっきりしません。稲刈りも4,5割でストップしたままです。

午前中は自動の米つきに行って来ました。

午後から柴宮小学校の校長先生としゃべってきました。

帰って来て40分ほど草刈りをしました。特にツル性植物の所が残っているので、ツルを切るのが大変でした。

喜連川の続きです。
奥州道中は喜連川から氏家(うじいえ)を通って、阿久津河岸(あくつかし)へ行くのですが、途中食事と「さくら市ミュージアム」に寄りました。
食事は氏家の「志生(しき)亭」で食べました。

昼食

食事の後は「さくら市ミュージアム」に寄りました。
御城下喜連川の模型がありました。真ん中に見えるのが御所様の住まいと藩庁のある陣屋です。

喜連川御城下
さくら市って分からなかったのですが、氏家と喜連川が合併してさくら市になったとか。

続いて喜連川氏の系譜です。

喜連川御所家
文字が少々小さかったですね。室町幕府を開いた足利尊氏まで遡れます。

氏家は奥州街道、原方街道、会津中街道が交わる要所でした。
その氏家から少々南にさくら市ミュージアムが。さらに南下すると阿久津河岸があります。
阿久津河岸の模型です。

阿久津河岸
真ん中やや右上にあるのが船溜まり。奥州方面からの廻米がこちらで川船(小舟)に積まれ鬼怒川を下ります。写真下の方が鬼怒川です。ここから久保田河岸まで運ばれ、さらに大きな船に積み替えられます。

栃木県北部の町は奥州からの廻米や物流で相当繁栄していたようです。高度経済成長以降の物流は4号国道や東北自動車道方面に集中していったので、古い街道筋や川筋の町はさびれていったようです。
黒羽藩の城下町で芭蕉が2週間も逗留した黒羽町、その南の遺跡のいっぱいある湯津上村も今は大田原市になってました。

今日も訪問ありがとうございました。
プロフィール

イングリシュガーデン

Author:イングリシュガーデン
守山周辺の出来事を少しずつご紹介いたします。

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